© 中村 航 Wataru Nakamura

SIGMA sd Quattro インプレッション Vol.02

本インプレッションの第一回目ではFoveonセンサーが持つ性能、とりわけ解像力、色再現力、階調の豊富さを再検証しつつ、sd Quattro、および専用現像ソフトウエア「SIGMA Photo Pro」の新機能を紹介した。第二回目となる本稿では、そこからもう一歩進めて「作品づくり」という視点からインプレッションを展開したいと思う。

シグマのカメラを使っていてしばしば思い浮かべるのは、「まるで大判カメラのような」という形容詞である。ちょっと説明が必要かもしれない。ここで差している大判カメラというのは、大きなシートフィルムを使用する昔ながらのシンプルなカメラのことである。フィルムの大きさは20cmX25cmの「8x10」(通称:バイテン)というフォーマットが(現在でも比較的簡単に入手できるものとしては)最大。これだけ大きなフィルムとなれば、そこに記録される情報量は相当なものになり、極めて緻密でハイクオリティな写真を撮ることが出来る。その反面、扱いは極めて面倒だ。「あっ」と思った時にすぐ撮れるカメラなどではまったくない。動く被写体もまず無理だ。カメラを組み立て、大型の三脚に固定し、構図やピント、露出を何度も確認し、雲や太陽が理想的な位置へ来るのを待ち、満を持してシャッターを切る。そんな風にしてやっと1枚の写真が撮れるカメラ。それが大判カメラである。「昔、集合写真を撮る時に布を被って撮ってたやつ?」という質問がもしあったとすれば、その時点でそれなりの年齢の方に違いないが、そう、まさにあれだ。

Foveonセンサ搭載機の画質は8x10並み??
ここにあるすべての画像は、一番下にあるギャラリーでオリジナルサイズのイメージをご覧いただけます

バイテンとタメを張ってみるという実験

ここで話は元に戻る。そんな大判カメラに匹敵するクオリティの写真が手持ちで簡単に撮れてしまうのがシグマのカメラだと、私は常々感じていた。であれば実際に大判カメラの写りと比較してみるのも、単なる下世話な興味を超えて、多少なりとも意味のあることではなかろうか? というのが今回の目論見である。ここに同じ被写体を写した3点のカットがある。左からsd Quattroで写したもの、8x10の大判カメラで写したもの、そして最後に、同じデジタルカメラの比較対象として5000万画素を誇る一眼レフカメラで写したものである。そもそもそれぞれの成り立ちが全く違い、本来であれば比較するようなものではないのだが、Foveonセンサーがつくり出す画がバイテンのもつ圧倒的な説得力に肉薄すると感じているわけで、それが本当にそうなのか、そして、主流である方式の同じデジタルカメラと比べてどこに魅力があるのか、そのことを紐解きたかったのである。画面構成上、大変見づらい内容となり申し訳ないが、まず各カットを並べて見てみよう。

© 中村 航 Wataru Nakamura

湿度を帯びた緑、紫陽花のピンクからパープルの重なる色合い、南国のターコイズブルー。いずれも一般的なセンサーをパッケージングするデジタルカメラが苦手とする色である。Foveonセンサー搭載機を使って感じるのは、まさに "True Color" なのである。

© 中村 航 Wataru Nakamura

次は、8X10フィルム。ロケに出かける直前、急に思いついて機材を車に積み込み、半年前に作ったD76で急ぎ自家現像処理、乾ききってないフィルムをスキャニングした次第。実はプロラボに依頼しようとしたのだが、問い合わせてみると2週間程度かかるというので自家現像と相成った。派手な現像ムラ(?)があるが、現像の腕が落ちたということでご容赦いただきたい。sd Quattroの画は、まさに8x10並みの解像力だ。どちらも緻密で素晴らしい解像力。

© 中村 航 Wataru Nakamura

最後に他のデジタル一眼レフカメラで撮影したカット。こちらも素晴らしい解像力である。ただし他に比べて線の太さを感じる。

sd Quattroおよび他のデジタル一眼レフカメラは、いずれもRAWファイルからの現像で、それぞれのカメラの原寸サイズで出力し、短辺920pxにリサイズした。8x10フィルムは1200dpiでスキャニングを行った後、同じく縮小して短辺920pxとした。よって一部分を切り取り、それぞれの原寸で見比べることに意味はないが、画全体から感じる印象をまとめると、8x10フィルムは画のリニアさ、そして解像力や緻密さは未だトップクラスであると感じる。なにより描写に奥行きを感じる。sd Quattroは、線の描写がフィルムのような自然さを持っている。これはセンサーの構造に起因するものだろう。そして解像力はもとより、全体の印象を見ても確かに8x10フィルムに比肩する描写であり、どことなくフィルムライクとも言えるものだ。5千万画素を超えるデジタル一眼レフの描写もさすが圧倒的なものを感じる。およそsd Quattroのポジションが窺えるテストだったと思う。写り、そしてハンドリングの良さを考えれば、もっと入れ込んで撮ってみたい。さらに付け加えれば、コスト・パフォーマンス&ベネフィットも最高なのだ。

大判カメラ的なアプローチに
どこまで応えてくれるか

いかがだろうか。簡単に撮れる小さなカメラであるにも関わらず、大判カメラ的なアプローチすらも可能にするカメラだということがお分かりいただけたと思う。さて、この流れのまま、大判カメラのようにしてsd Quattroを使うと、どこまで「作品づくり」に応えてくれるのか。それを試すための撮影に出かけてみよう。

© 中村 航 Wataru Nakamura
© 中村 航 Wataru Nakamura

「作品づくり」と言ったが、では「作品」とは何だろうか。平たく言ってしまえば、他人に見せることを前提として、撮影者の意図のもとに撮られた写真はすべて作品たりうる。その上で、「作品」の定義は撮影者それぞれが自分の中に持っているもの。千差万別である。ただし良い写真というのは、見た瞬間に分かる。一瞥してただならぬものを感じ、次に仔細を観察することでぼんやりとした印象がだんだんと輪郭を持ち始め、最終的に「この写真が好き」という結論となって定着する。鑑賞者にそのプロセスを踏ませるのが「作品」である、という言い方はできるかもしれない。であるならば、類い稀な表現力を持つFoveonセンサーが「作品づくり」に力強く応えてくれることに、もう多くの説明は必要ないだろう。

© 中村 航 Wataru Nakamura
© 中村 航 Wataru Nakamura

SIGMA Photo Proの妙味

デジタル写真が持つ最大のアドバンテージが画像の加工だが、最終的な結果を明確にイメージし、それが最大限に実現されるように撮影することが大事なのは言うまでもない。「後でどうにでもならあな」という姿勢で撮られた写真がモノになることなど、まず無いと信じている。撮影の時点で、もうあらかた決まっているのだ。しかしそうは言っても、それを完成させるためには撮影後の画像処理が不可欠だし、気まぐれに何かのパラメータを動かしてみたら、自分のイメージとは違うにも関わらず、「お、なんかいいかも...」となることだって、実際にはよくある。

SIGMA Photo Pro(以下「SPP」)という現像ソフトウエアは、シグマのRAWデータであるX3ファイル専用設計だけあってなかなか奥が深い。実際の現場ではPhotoshop等の画像編集ソフトを併用することが多いのだろうが、ここではSPPだけでどこまでのことが出来るのか、SSPの各設定パラメータとともに、オリジナル画像と最終的な画像を見比べてもらうことでSPPのポテンシャルが伝えられればと思う。

© 岩木 十三 Juzo Iwaki

SPPを使用した実際の現像例を4つ挙げた。説明のし易さを考えて、比較的ドラスティックな現像をしたものを選んでいる。実際にはここまでパラメータをいじることは少ない。いずれも一番大きな画像が現像後の完成形。その下にあるのが現像前の状態と、現像のパラメータを見るためのスクリーンキャプチャーである。どれもクリックすれば原寸の画像が見られるようになっている。

奇怪なカタチをした巨岩を、真下から捉えた。そそり立つ不気味さを表現したい。イメージは交響詩「禿山の一夜」だ。まずシャドウを落とすことを考えるが、ここではX3 Fill Lightを下げることで対応した。岩肌のディテール、特に右手前にある岩のそれが残る程度に抑えたが、もちろんこのあたりは好みだ。もっと思い切り落としても面白いかもしれない。X3 Fill Lightはなかなか使えるファンクションで、「シャドウ部の明るさを調整するもの」と考えればいい。ハイライトを少し下げているのは、画面右上のハイエスト部分の出力を考えてのもの。SPPの新機能である「ディテール」だが、このカットではCrispy側に振って固めの印象に仕上げているものの、他のカットではSmooth側に振ることが多かった。これは私の個人的な好みによるところが大きい。

© 岩木 十三 Juzo Iwaki

森の中に残る鉄道の遺構。薄暗い中に、スポットライトのように木漏れ日が差し込む。正面遠景にも日差しのハイライトあり。つまり、大きな明暗差が画面全体に点在する、難しいシチュエーションだ。悩んだ時にやるのがSPPのご意向を聞くやり方。「Auto」モードでいったんの設定を出し、そこから足し算、引き算でイメージに近づける。露出とハイライトの設定はAutoモードの名残り。それでもコントラストのキツさ、画面全体に漂う詰まり感が気になり、ここでは彩度を大きめに下げ、カラー調整もイエロー方向へ大きく振ってグリーンの濃さを緩和させると同時に、絵画的な味付けをしてみた。

© 岩木 十三 Juzo Iwaki

そもそもコントラストの強い被写体。オリジナルのままでも成立する写りだが、何か面白くない。被写体の持つ「非現実感」を強調したい。X3 Fill Lightを大きめに上げ、シャドウ部のディテールを浮き上がらせる。さらにコントラストも大幅に下げる。当然、画としてはのっぺりとした方向に変化するが、被写体の造形や元々のコントラストがバランスを取ってくれている。他のパラメータが比較的マイルドな効きであるのに対して、X3 Fill Lightの効きはヴィヴィッドだ。あまり使い過ぎるとシャドウ部だけでなく、画面全体のコントラストやエッジの描写に影響が出る。それを上手く使いこなすか、さもなくばギリギリのところで止めるのがポイントだろうか。ハイライトを大きく下げているのは、上げたX3 Fill Lightとの兼ね合い。

© 岩木 十三 Juzo Iwaki

濃い霧の中に消えてゆく道。オリジナル画像のどこが気に入らないか。霧の白さを出す露出にしたので当然なのだが、細部までいろんなものが見え過ぎている。見せたいのは濃い霧と、そこに道がふっと消え行くさま、その結果としての荒涼とした雰囲気なのだが、他の要素に引きずられて主題としての存在感が希薄になり、結果的につまらない写真になっている。隅から隅まで全部見せる必要はまったくない。そこで脇役を減らすことで相対的に主役を引き立たせることにする。ここでもX3 Fill Lightの登場だ。スライドバーをマイナス方向へ。調子にのってどんどん下げる。それだけでは飽き足らず、シャドウも下げる。X3 Fill Lightを大きく下げたことにより、拡大してみると柵の消失点あたりでは柵の輪郭にやや不自然な線がつき始めているが、気にならなければ良しとしよう。最後にハイライトを上げて石の表面の反射を強調。下半分を暗くしたため、この処理がポイントとなる。

今回は「大判カメラ的アプローチ」という主題に基づいた撮影だったため、自ずと絞って撮影したものが多くなった。次回のインプレッションでは、一転して絞り開放を中心とし、もっと気軽に、フットワーク軽く撮影したインプレッションをお届けしたいと考えている。どうか楽しみにお待ちいただきたい。