© 中村航 Wataru Nakamura

SIGMA sd Quattro H インプレッション Vol.01

さらなる画質の向上とカメラボディの熟成が感じられる

APS-Cサイズセンサーを搭載する無印「sd Quattro」と、今回登場した「sd Quattro H」は何が違うのか。単刀直入に述べると、より画のリアルさが高まり、ボディの使い勝手にも熟成が感じられた。センサーサイズの拡大によって高画素化し、解像力の向上も勿論感じられるのだが、なにより立体感が向上した。画素数が上がれば、理屈の上ではより緻密なキャプチャが可能となる。しかもFoveonセンサーは他方式のセンサーより、その効果が実にわかりやすいように感じる。画質の向上もうれしいが、カメラとしてのレスポンス等もよくなった。ただでさえ大量のデータを捌くFoveon搭載機。さらに増大したデータを捌くために、制御系はかなり手が入ったと思われる。結果として、レスポンスが上がった印象なのだ。

まずは “ならし”、その真価を探る。

実は、レンズのインプレッションのために、他方式のセンサーを搭載するカメラをしばらく使っていた。その後に「sd Quattro」を手にして撮影する機会があり、筆舌に尽くしがたい明瞭な画を描くことに感じ入っていた。無印の「sd Quattro」が叩き出す画ですら、一度経験するともう戻れないものがある。「sd Quattro H」は、より高密度に光景をキャプチャできるが、自分の中にこの凄みを伝えるための引き出しがないのだ。したがって、初回のインプレッションでは、とにかくこのカメラが得意とするであろう被写体に対し存分にレンズを向けてみた。いってみれば「ならし運転」のようなものだ。今回を含めて3回の連載で、このカメラの魅力と面白さを追っていきたい。

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© 岩木十三 Juzou Iwaki

明瞭に描く力

まずFoveonセンサーの特長が最も現れやすい、高周波で緻密な被写体にレンズを向けてみる。ともかく1ピクセル単位で明瞭に被写体を描き切る。ぜひ原寸画像をごらんいただきたい。より大きなセンサーを搭載する中判デジタルなどであったとしても、ここまで明瞭に被写体を描き切るカメラはないと言い切れる。たとえ解像できても、ここまでスカッと綺麗なラインは描けないのだ。

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色づく葉も一枚一枚、色づき方も違えば光の受け方も違う。解像力の高さと、描くラインの明瞭さはもとより、この色の再現力も実にリアリティがある。色の再現力の高さも、このカメラのアイデンティティの一つ。

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sd Quattro Hは、フォーカスを置いたポイントから、完全にアウトフォーカスとなる部分までの連なりが、より豊かに再現されるようになったと感じる。このあたりはセンサーが大きくなった恩恵だろう。

© 中村航 Wataru Nakamura

細かい枝まで解像し、気温が上がり、少しダマになった雪原のその様さえもきっちりと解像する。そして解像限界を超えた描写も、他方式のセンサーであればもう少し全般的にモヤッとした描写なのだが、sd Quattro Hでは輪郭が残りつつ消失していく。この様はまるでフィルムのようだ。

© 中村 航 Wataru Nakamura

面白いように見た目通りに写る。雪原の燦めきと粒立ち、足跡の立体感、遠景にある木の枝振り、その枝にある芽吹き。この外連味のない描写は、他で得るのは難しい。トップライトの雪原をリアルに再現するのはデジタルカメラには荷の重い仕事だと思う。

© 中村航 Wataru Nakamura

日の入り前、月とあたりの光景をラチチュードの範囲で写せる時間帯。中判以上のポジフィルムで感じる自然な写り。解像力自体は、ある程度の画素数以上であれば殆どのデジタルカメラが上回っているのだが、こと「自然な写り」となると疑問だ。唯一それを感じさせるのが、Foveonセンサー搭載機であり、その中でもsd Quattro Hは美しい画を結ぶ。ライトボックスでポジを覗き込んだ昔の記憶が蘇る。そう、片目で覗き込んだあの美しさだ。スキャニングし、PCのモニタで両目で見れば目減りするあの「なにか」。sd Quattro H は目減りしない。もっというと、現場で見た光景そのままだ。この凄さを体感したことがないのであれば、それはあまりにもったいない。

© 中村 航 Wataru Nakamura

炎をリアルに写す力

デジタルカメラにとって炎とは厄介な被写体である。そもそも輝度差が生まれやすいので、ラチチュードの範囲に収める撮影的な難しさもあるが、色飽和しやすく、また正確な色再現も難しい。Foveon搭載機の得意分野ではあるのだが、sd Quattro Hはさらに凄みが増した印象だ。熱をきちんと感じられる描写であり、ここまで写せるカメラは他にないだろう。

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渡良瀬遊水池で、春の風物詩である芦焼きが行われていた。広大な面積のあちこちで火が付けられ、辺り一帯の上空は一気に煙で覆われる。その様は圧巻というほかない。全国から写真愛好家が集結するのか、ビューポイントには隙間なく三脚が並ぶ。その模様も違った意味で圧巻だった。手ブレ補正機構を味方に、手持ちで押さえていく。炎の描写はもとより、手前の芦、水面の描写、撮影結果を眺めて思わず唸る。

© 中村 航 Wataru Nakamura

あちこちで火を放ち、かつ風が巻くので撮影はひたすら忙しい。炎の輝度変化を読みつつ露出を調整、かつ炎の動きを読みつつのフレーム調整を同時に強いられる。手前にある木のディテイルを出したかったため、炎がラチチュードから外れることを承知しつつ撮影した。炎そのもののと熱せられた空気がリアルに熱量を感じさせる描写だ。

© 中村 航 Wataru Nakamura

よく乾燥した芦は、風にあおられてまるで揮発燃料のように燃え広がる。あっという間に太陽を覆い尽くし、一面アンバーに。煙を写して量感伴うのも、Foveonセンサーの特長だ。その特長はつまり、雲の描写にも量感が伴うということだ。

© 中村 航 Wataru Nakamura
© 岩木十三 Juzou Iwaki

身近なフィールドを写す力

「sd Quattro」「sd Quattro H」のいずれも、どちらかといえば厳密に狙いを定め、まるで大判カメラで撮影するかのように被写体に向かいたいカメラだ。それほどに「写るカメラ」だからこそだ。「sd Quattro」がリリースされた時点で、それ以前の機種とは比較にならないほど使い勝手が増したのだが、「sd Quattro H」はさらによくなった。これは、シグマ製品全体の底上げが関係する面も大きい。呆れるほどよく写るレンズ群の矢継ぎ早なリリース、RAW現像ソフトの継続的な熟成、そして同じボディ形状をしているものの、現時点で詰め込めるものは全て詰め込んだといった事細かなリファインが「sd Quattro H」からは感じられる。結果として、街撮りにおいても随分とストレスが減った。大掛かりな撮影装置でなければ手に入れられないクオリティの画を、身近な被写体で、身近に感じられるのだ。

© 中村 航 Wataru Nakamura

未だ夜明け前のフラットかつ低照度下での撮影。「sd Quattro」に比べて、光が豊富に回っていない状況下での表現力が増した。試してみたかったシチュエーションの一つだ。

© 中村 航 Wataru Nakamura

UVカットすら入っていない、オールドカーの素のガラス。ガラス面の反射も大きい。コントラストが付かず、ぱっと撮ってもなんだかよくわからないぼんやりとした写りになりがちだが、見た目通りに写ってくれた。少し絞り込んでの撮影だが、アウトフォーカス部分に量感を持たせたいがためである。Foveonセンサーの解像力の高さが、ボケもきっちり芯のあるかたちで描く。少し傾いた光ではあるが、白いボディの車は撮るのが難しい。sd Quattro Hのハイライトに対する懐深さを感じて撮ってみたのだが、納得の写り。

© 岩木十三 Juzou Iwaki
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撮影を終えて

「sd Quattro H」は、「sd Quattro」の素性をそのまま伸張したカメラである。車でいえば、同じボディに違うエンジンを積むバリエーション車種である。いわば排気量の違いみたいなもので、大きなエンジンを積んだ車にしか得られない世界があるのだ。だが「ぱっと見」は、この喩えほどの大きな違いはないかもしれない。「sd Quattro」であっても、誤解を恐れずいえば他と比べて奇跡的な写りなのだから。しかし撮れば撮るほど確実に一つ上の次元の描写だと確信する。立体感という意味で両機の違いを表現してみよう。もともとフレームの中にあるそれぞれのものの形状、距離がリアルに再現されるのがFoveonセンサー搭載機の特長だろうと思う。「sd Quattro」は立体感に富む。ああ、これは他とは違うな、立体が写っていると。「sd Quattro H」は、それがより顕著となる印象で、被写体があからさまに浮かび上がるのだ。階調も色再現も同様で、「sd Quattro」が持つ素性の一枚上に「sd Quattro H」が立つ印象だ。問題は何の気なしに撮影してもこの違いを結果に結びつけるのは難しいこと。それなりにしっかりと撮影に取り組まなければならないのだ。だが、写りを見るとそれをやってみたいとかき立てられる。今回は、まずは慣らし運転。あと2話お届けしたいと思うのだが、まずは広大なランドスケープ1本に絞って、どこまで撮りきれるのか、その真価にご期待頂きたい。我々の技量がそこに追いつくかが目下の課題なのだが。