

28mm F1.4 DG HSM | Art Impression
予想どおりといえば、予想どおり。SIGMAがArtラインで28mm F1.4をラインナップしてきた。これだけ大口径の単焦点レンズを並べるメーカーも珍しい。テストをする立場として、一般ユーザーの皆さんよりはSIGMAに近しい場所に立つのだが、セールスのほうは大丈夫なのかと半ば心配してしまう。それほどにマニアックなラインナップだ。・・そもそも写真やカメラの歴史は目で見たものを像として保存することから始まった。つまり、記録である。そこに表現を持ち込むようになると当然いろいろな眼(レンズ)が欲しくなる。SIGMAのスタッフと接すると常々感じることだが、彼らは光学技術と写真の虜だ。撮り手にあらゆる可能性と写真の楽しさを手渡そうとこんなレンズが生まれるのだろう。いずれにせよ、毎度のことながらテストが楽しみだ。レンズを手渡される前に、先に贅沢なレンズ構成図を見たが、実際に手にしてみると思いのほかコンパクトだ。28mmは、さっと前を向いた際に写り込む範囲の画角だ。そこから1-2歩踏み込むと、おおよそ50mmに近い画角となり、絵がまとまりやすい。つまり、28mmという画角は誤解を恐れず記せば「普通」が写る。スマートフォンに搭載されるカメラの画角がおおよそこのあたりであることを考えると、なんとなく理解できるかと思う。表現を考えるうえで、普通とは難しい。そこにこのレンズが何をもたらしてくれるのか、そして手渡してくれるのか。楽しみなテストである。
惚れる、なかなかそんなレンズはない。
まず感じ入ったのがボケ味の美しさだ。なんという美しさだろう。前後ともに実に素直で嫌みのないボケ味だ。焦点距離を考えれば開放で撮影してもアウトフォーカスに量感が宿ることも手伝い、なんとも言い表しがたい描写の奥行きを感じる。残存収差はほとんど見受けられず、開放からかなりのレベルの解像力を感じさせる。ラインアップの他のレンズ同様、大変ヌケのよい描写。もちろん、根本的なキャプチャ性能の高さからもたらされるものであり、その場の空気に湿度が感じられれば、それもきっちり写しとれる。つまりは、曖昧さがないのだ。さっと使ってみて感じることとして、もう一つ。色乗りの良さだ。デジタル時代となって、必然的にレンズの実力は総じて上がったと感じるが、それでも「惚れる」ものとなれば、なかなか。ただでさえ、多数のレンズを恒常的に使用する関係もあって不感症に近い。主観的な話で恐縮だが、さっと使ってみて無条件に「欲しい!」と感じた。
最初のテストは、広角ポートレート。28mmが持つ画角をポートレートに用いる場合、人物に背後のシーンを同時に写し込むことが多い。F1.4がもたらすボケ量はなかなか面白く、広角でありながら被写体を浮き上がらせてくれる。望遠のように何もかもを溶かすようなボケ量ではないため、レンズの持つボケ味には気を遣う。また、自然なパース感であることも重視する。共に不満がないどころか、積極的に用いたくなるレンズだ。広角ポートレートはどちらかといえば個人的に苦手。しかしこのレンズならもっとチャレンジしてみたい、そう思わされるのだ。
目的地に辿り着き、空を見上げる。初冬独特の澄んだ空気感と、まだ厳しくはない気温。開放で被写体までそれなりの距離はあるが、空は完全にアウトフォーカスとなる。緻密に描かれるピント面との対比が、現場の爽快感を実にリアルに再現してくれた。空をホリゾントとしても、周辺の落ち込みは驚くほど少ない。まったく落ちないのも味気ないが、ほどよい落ち込みだ。うまく被写体を引き立たせてくれる。風景撮影などで落ち込みを嫌うシーンであれば、2段程度絞り込めばよいだろう。しかしその必要もさほどないだろう。

モデルは、富永峻さん。少々変わった経歴の持ち主で、ポルトガル・スペイン・ドイツで育ってきた気鋭のピアニスト。音楽高校時代(スペイン)から数々の国際コンクールで入賞するなど、その実力は折り紙付き。昨今は稲垣吾郎さんが主演する舞台で共演するなど、活躍の場を拡げている。(オフィシャルサイト)
糸雨に濡れる古都
ひと雨ごとに寒さが増す初冬、京都にて旅先での撮影をテーマにテスト。京都の街並みを捉えるのには28mmの画角が実に塩梅がよい。レンズを向ける先も低照度下であることが多いため、F1.4という明るさは頼もしい。階調をリニアに捉えてくれる本レンズは、古都の纏う繊細な空気を写し止めてくれるのではないか、そんな予想から選んだロケーションだった。結果は目論見通りだった。
日本の伝統的な建築は、現在と違い戸外と隔絶されない。外は雨、濡れる空気が屋内へと伝わる。自然に寄り添ってきた民族性をよく表している。このレンズは、適度なコントラストを持ちながらも空気の連なりを見事に再現する。外も内も濡れた空気だ。しかし縁側で減衰した、その湿度が手に取るようにわかる。
水平・垂直を出して撮影することもできた。だが、あえてそうしなかった。古刹こさつを線と面で眺めると、なかなか興味深い。ほんの少し、視点を変えるだけで隠れた表情を見せる。しかし、着物の緻密な描写には感じ入るものがある。
人物にピントを置いても、前後共になかなかのボケ量となる。明治時代より琵琶湖から京都へ水を導き入れている水路閣にて。
最短付近まで寄れば、ピント面は紙のようになる。しかしこのボケ量で周りの情景まで写し込めるのが、28mm。
普段使いに与えてくれるもの
最後のテストは日常の中で持ち歩き、「ちょっと撮りたい」そんなシチュエーションを思い浮かべて撮影してみた。スマートフォンと似たような画角であっても、このクオリティは望めない。これが、カメラを持ち歩く意味だ。写真が楽しくなる、そんな1本だ。
性能の先に宿る、神韻縹渺(しんいんひょうびょう)たる写り
Artラインのレンズについて、性能云々で言及することはない。様々なレンズをテストしてきたが、この28mmには突き詰めた性能・数値のその先に何かが宿った感がある。エンジニアの皆さんと話をすれば、きっと言語化しづらく共有できない類いの話かもしれない。しかし物作りに心を奪われた人々は、本質的にそんなものを求めているのではないか。テストレポートとしては余りに短絡的な結論かもしれないが、このレンズには趣が宿る。