押本龍一－私の出会う光景－第216回：バンナイズ・ブルバード（Van Nuys Boulevard）の壁画

押本龍一、東京品川生まれ。
82年英語の勉強のため2年の予定で渡米。84年ニューヨークに渡り刺激を受け予定を変更、広告写真スタジオで働き始める。91年フォトグラファーとして独立。95年ニューヨークからロサンゼルスに拠点を移し現在に至る。エンターテインメント関係の撮影中心。近年はライフワークである旅写真に力を入れている。趣味は旅と山歩き。

オフィシャルサイト : http://oshimoto.net/

バンナイズ・ブルバードはカリフォルニア州ロサンゼルス郡サンフェルナンド・バレー中央を南北に貫くメジャーな道路だ。そのブルバードには壁画が点在する区間があり、車で通過するだけでかなりの数の壁画を観ることが出来る。

街の美観を改善したいという想いを持つアーティスト達が集まり2012年にスタートした芸術運動の「Mural Mile」よって、アートの世界で全く無名だった地域がロサンゼルスの新しいランドマークになりつつある。ロサンゼルス郡サンフェルナンド・バレーのパコイア・シティーホールを囲む半径約5km内に50以上の壁画が存在し、中でもバンナイズ・ブルバードのグレンオークス・ブルバード（Glenoaks Blvd）とアリータ・アベニュー（Arleta　Avenue）間の約3kmに壁画は集中している。私は代表的な壁画と地図が掲載されているサイトを参考にして壁画を撮ろうと考えたが、治安の良い地域とは言えず、車を停めた後どのくらい車から離れて壁画を撮れるか最大の課題だった。そして、快晴の土曜日、私はバンナイズ・ブルバードを南から北上した。アリータ・アベニューとのノースイースト・コーナーに女性の壁画を見かけ、次のコーナーで左折し住宅地に入ってUターンをして再びバンナイズ・ブルバードに戻ったが、壁画前にはバス停があり車を停められず大きな交差点を通り過ぎ、特徴のない教会前に車を停めた。見かけた女性の壁画まで大きな交差点を経て100m以上も離れ、ギャングのような若者が運転する車から聞き取れない歌詞の大きな音が響いてくる。私は貴重品を全てカメラバックに入れ車から離れ壁画まで歩いた。

バンナイズ・ブルバードとアリータ・アベニューのノースイースト・コーナーにある酒屋からこの日の撮影を開始した。壁画はブルバードに面し緑のベンチはバス停の物で人通りは少ない。タイトル：「Lady of the Valley」、作者：レビー・ポンセ（Levi Ponce）、サイズ：8.8m x 5.5m、制作年度：2012年。

壁画のある酒屋の隣は中古車売り場で、そこの建物の横に壁画があった。建物は奥に建ち、壁画はバンナイズ・ブルバードに面していないので気が付きにくい。タイトル：「The Girl With The Hoop Earring」、作者：レビー・ポンセ、サイズ: 6m x 6m、制作年度：2013年。

この地域であるイースト・バレーに育った人々に捧げた壁画は、小さなマーケットの壁に描かれている。描かれた飛行機が壁画から飛び出し青空へ飛んで行きそうに見える。タイトル：「Born in the East Valley」、作者：レビー・ポンセとこの地域の人々、サイズ: 13.7m x 4.6m、制作年度：2012年。

ピザのチエーン店の壁に描かれた壁画はバンナイズ・ブルバードに面しよく目立つ。情報が少ない壁画だが、そのコンセプトは分かりやすい。タイトル：「Serving With Pride」、作者：stp foundation。

車を停めてから3ブロック北へ歩くと車から随分遠くに来たように感じ、インターステート・フリーウェイ5が1ブロック先に迫り落ち着かないエリアになってきたので、そこから車に引き返した。車に戻り車内が荒らされていないことに一安心し、バンナイズ・ブルバードを車で北上した。フリーウェイ5の下を通り抜けて最初の大きな交差点を右折し,地図上に掲載されている「Pacoimeras」という壁画を探した。コインランドリーの後にその壁画を見つけ、私は壁画の前のパーキング場に車を停めた。

とても大きな壁画で車が一台も停まっていない時以外、壁画全体は撮れない。タイトル：「Pacoimeras」、作者：レビー・ポンセと地域のメンバー、サイズ： 21m x 6m、制作年度：2013年。

アクリル・ペンキで描かれた壁画に近づき、デコボコした壁の質感を撮る。

コインランドリーの後の壁画「Pacoimeras」の側に建つ美容室。この壁画の情報は得られなかった。

コインランドリー裏のパーキング場は建物が邪魔をして死角になり、長く車を停めるには良い場所ではなかったので、私はバンナイズ・ブルバードに戻り2ブロック北のブルバード沿いに車を停め再び壁画を探し歩いた。

小さなマーケットに描かれた壁画。タイトル：「La Bamba」、作者：フアン・ヘクター・ポンセ（Juan Hector Ponce）、サイズ15m x 8m。

同じ資料内で2つのタイトルがあった壁画。タイトル：「Without Boundaries」又は「Breaking Boundaries」、作者：サラ・アッカリー（Sarah Akerley）とレビー・ポンセ、サイズ：23m x 10m。

パコイア・シティーホール前のフェンスにも壁画があった。作者：イグナシオ・ゴメス（IGNACIO GOMEZ）。

Pacoima Arts Incubatorという組織の建物の壁画。

Pacoima Arts Incubatorの建物の壁は長く、2つの壁画が描かれこの壁の後ろは庭になっている。

Pacoima Arts Incubatorの建物が建つバンナイズ・ブルバードの東側から西側を見ると、オーディオ・ショップの壁に壁画が見えた。タイトル：「The Day The Music Died」、作者：レビー・ポンセと数人のアシスタント、サイズ：15m x 4.5m、制作年度：2012年。

99セント・ストアー横の壁に描かれた壁画が午後の強い日差しに眩しい。壁画とタイトルは「Recuerdos Of Home」、Recuerdoはスペイン語で記憶。作者はレビー・ポンセ。

現在空き店舗のようだった建物の横壁の壁画。タイトルは「a Virgen de Guadalupe」。レビー・ポンセによって描かれた後、数人により落書き風な絵が描き加えられた。

刑務所暮らしを経て俳優になったダニー・トレホ(Danny Trejo)の壁画。作者：レビー・ポンセ、サイズ：9.1m x 7.3m、制作年度：2011年。

ダニー・トレホの壁画がある建物の反対側の壁にある壁画。建物は一般住宅に隣り合わせになっていて、道路から撮影していると住人が庭に入れてくれたが、道路からの撮影は臨場感が出て良かった。タイトル：「Pacoima's Art Revolution」、作者：レビー・ポンセ、サイズ：6.7m x 5m。

代用的な壁画「Danny Trejo」と「Pacoima's Art Revolution」のある建物から1ブロック北のコーナーから住宅地に歩いて出会った壁画。情報は得られなかった。

気が付くと車から800mほど北へ歩いていた。バンナイズ・ブルバード沿いに車を長く停めておくことに抵抗はなくなっていたが、次に観たい壁画が大きな交差点を越えた先だったので一旦車に戻り車で北上した。サンフェルナンド・ロードとの大きな交差点を越えると一旦は倉庫地帯のように殺風景な風景になり、何となく落ち着かない雰囲気になったが、数ブロック先に走ると店舗が現れ生活感のある街並みになり、ブルバード沿いに車を停めて再び壁画撮影に戻った。

レストラン（Myke's Café）に描かれた壁画。近くにあるホワイトマン空港へ着陸体制に入ったセスナ機が空に見える。この壁画の作者は、クリスティー・サンドバル（Kristy Sandoval）、ラミロ・ヘルナンデス（Ramiro “Rah” Hernandez）、それにレストランオーナー、低所得層をサポートする組織の若者達。地域の人々で描いた壁画だ。

美容院の壁に描かれた壁画。資料によるとクリスティー・サンドバルと多くの女性達によりペイントされたとあり、描かれている女性は1984年にキューバに亡命し、2013年に女性として最初にFBI最重要テロリストにリストされた活動家のアサータ・シャクール（Assata Shakur）。

レストラン横の壁画のタイトルは「FRIDA Y DIEGO」、作者：レビー・ポンセ。

保険会社の裏の壁画のタイトルは「Decolonization」、作者：クリスティー・サンドバル。道沿いの壁画の情報は得られなかった。

道路沿いにある何かの施設にもペイントが塗られ、交差点に差し掛かったアイスクリームを売る車もカラフルな絵があったが、ストップサインには落書きが。

椅子が歩道に置いてあったが壁画を見回った後、一休みするのに丁度良かった。色鮮やかな壁画を観た後の素朴な光景はモノクロームにした。

壁画に使用されたペイントはアクリルとエアゾールが多い。全てを観ることは出来なかったが、壁画は単に美しいものから政治色の強いものがありどれも力強く印象的だった。この日散策したバンナイズ・ブルバードの約3kmは多くのラテン系アメリカ人が暮らす地域で、治安が良いとは言えずレンズも少なめにして歩き、短い滞在時間だったが東洋人は一人も見なかった。この日は大きな壁画だけでなく巨大なアメリカの一部を切りとった気がした。

※ このページに掲載された作品は、RAWデータ（X3F）を「SIGMA Photo Pro」で現像処理をしたものです。
一部、現像後にゴミ取りのためにレタッチソフトウェアを使用した画像もございます。