ピーター・リンドバーグへのラブレター
ART
135mm F1.4 DG
Impression
by エイラ・クーツ|Ara Coutts

私は、「憧れ」を写真で表現するにはどうしたらよいかという問いに対する答えを探し続けています。
Sigma 135mm F1.4 DG | Artの存在、そしてそのレンズが驚くほど柔らかく上品なボケ味と高い解像力をもつと知ったとき、私の頭に思い浮かんだのはピーター・リンドバーグでした。
リンドバーグは、現代を代表するファッションフォトグラファーの一人として広く知られている人物です。彼は過剰なものを削ぎ落とすことで、生身の人間の美しさを克明に捉え、親密な印象だけを強く残すという、稀有な才能の持ち主でした。彼の死は、私に大きなショックを与えました。
今回は、Sigma 135mm F1.4 DG | Artレンズで私が撮影した作品とともに、その撮影に至るまでの経緯をご紹介したいと思います──それは、アイデアに火をともした閃き、そのアイデアに生命を与えたコラボレーション、そして制約が生んだ親密な距離感。それら偶然の重なりが、魔法に変わった瞬間です。

ファッションフォトグラフィーの現場では、最初にムードボードを作成し、チーム内でのビジュアルの方向性の共有を図ります。
ピーター・リンドバーグが捉えた、時代を超えた美へのオマージュを捧げるストーリーを創造するために、私はまずPinterest上のリンドバーグ作品の中から、自分が特に惹かれるイメージを選び出していきました。
陰影のあるモノクローム、高いコントラスト、削ぎ落とされた背景、美しい自然光、そして被写体を解き放つかのようなやわらかなボケ味──こういった要素が浮かび上がってきました。
リンドバーグの作品を見ていると、クラシックで飾らない美しさを備えたモデルを起用すべきだと感じました。
そこで、Elite Model Managementの協力のもと、ボヤナ・レリッチをキャスティングしました。彼女には、柔らかさと力強さをあわせもった、時代を超えた存在感があります。

メイクアップは自然な雰囲気にしたいと思い、P1Mを通じてラテイシャ・グラントに依頼しました。彼女のメイクアップは繊細で、モデル自身の個性を隠すのではなく、それを魅力として自然に引き立ててくれます。
私にとって重要だったのは、ボヤナが彼女らしく在ることでした。特定のキャラクターではなく、単なるマネキンでもなく、瞳の奥に人生の物語を宿したひとりの女性として。
スタイリングは今シーズンのパリのランウェイにインスピレーションを受けています。私はランウェイにあふれるロマンティシズムにすっかり心を奪われていました。
特に心惹かれたのは、クロエの2025年冬コレクションです。デザイナーのシェミナ・カマリは、薄手のファブリックを幾重にも重ねることで、サマードレスを涼しい秋にも着られるようにアレンジしており、それは控えめながらも型破りなアプローチのように私には感じられました。
そして、エレガンスはわざとらしくなくとも成り立つ、という考えに共感したのです。

今回の撮影のスタイリストはラシ・ビンドラに依頼しました。彼女はハイファッションを身近なルックへとアレンジすることに長けています。
彼女を交え、女性のワードローブには必ず一着はシルクのスリップドレスがあるものだということ、そしてポスト・パンデミックの時代にはシルクのパジャマが新たなラグジュアリーアイテムとして注目されていることについて話しました。
こうした会話が、私たちをSilk Laundryへと導きました。Silk Laundryは、時代にとらわれないシルクのアイテムを生み出しているカナダのブランドで、この撮影のために最新のコレクションからドレスを快く貸し出してくれました。
ジュエリーはMichelle Rossのものを使用しました。大胆かつ洗練されたジュエリーが、スタイリングに程よい力強さを添えてくれました。

撮影日はあいにく雷雨との予想でしたが、私はリンドバーグが愛した自然光での撮影にこだわりました。雨天に備え、私たちは中庭にアクセスでき、かつ防雨設備が整っているNeighborhood Studiosを撮影場所に選びました。
幸いなことに当日は小雨程度で、むしろ曇り空は天然の巨大なディフューザーの役割を果たしてくれました。

単焦点レンズ1本で撮影するということは、とにかく自分がたくさん動く必要があるということです。
そして、シャッターを押す前に、構図やフレーミングやアングルをいつもより慎重に検討する必要がありました。
私は、写真を始めたばかりの頃を思い出していました。レンズは1本だけでしたが、そのぶん強い意図をもって撮っていました。単焦点レンズ1本のみという制約は、ひとつの詩のようでもあったのです。


はじめてカメラのライブビューで撮った写真を確認した時は、思わず息を飲みました。背景はただボケるだけでなく静寂に溶けていくようで、視覚的な静けさ、とでもいうような雰囲気がありました。
さらに、強い圧縮効果が被写体へ視線を集中させながらも、周囲の質感の豊かさは失われていません。
光量が少ない環境ではありましたが、このレンズは開放F1.4で撮影できるため、ディテールを損なうことなくその場の雰囲気を表現できました。
暗い背景に沈みがちな暗部のトーンでさえくっきりと浮かび上がり、まるで中判カメラで撮影しているようでした。画像の鮮明さと映画を思わせる情感の豊かさには、思わず目を疑ったほどでした。

エディトリアル写真と広告写真の大きな違いのひとつは、ディテールに宿る感情表現にあります。
私はモーションブラーやソフトフォーカス、そして記憶を重ねたようなレイヤー表現が好きです。
このレンズでは、表現を思う存分楽しむことができました。
衣装と背景の両方に柔らかなニュートラルカラーを重ねても、被写体の存在感がフレームの中で際立つさまには、感動しました。
リンドバーグへのさらなるオマージュとして、写真のレタッチは最小限にとどめつつ、そのミニマルな繊細さに定評のあるレタッチャーのダニラ・パンフィロフの協力を得て、作品を仕上げています。


私にとって、ファッションフィルムはひとつの詩のようなものです。SNSやショールームのスクリーンでループ再生することを前提として作られたファッションフィルムは、一般的な映画とは異なり、始まりや中間、そして終わりもありません。
ストーリーは直線的というよりも循環的で、何度も繰り返し眺めているうちに、物語が心の深くまで届いてくるのです。
静かなスタジオの中庭を眺めながら、私は自分自身をふりかえり、自宅のデッキで過ごす朝のひとときを恋しく思いました。そして、この感覚をファッションフィルムとしてロマンチックに表現したいと思ったのです。
インスピレーションとなったのは、自己受容と魂の希求をテーマにしたパウロ・コエーリョの小説『アルケミスト - 夢を旅した少年』です。
自分がどんな人間になろうとしているのかを思い返す、その脆さを映し出すような繊細な表現で、観る人を親密な瞬間に誘いたいと思いました。
映像の中に、風が中庭を吹き抜けるシーンがあります。
モデルのボヤナは椅子の背にもたれて、ほんの一瞬だけ目を閉じて、その風に身を任せます。
私が求めているのは、まさにこんな瞬間なのです。そして、Sigma 135mm F1.4 DG | Artはそれを美しく捉えてくれました──流れるようなやわらかな動きの中で。
私はつい最近、ラナ・デル・レイの詩集『Violet Bent Backwards Over the Grass』をオーディオブックで聴いて、彼女の表現にすっかり魅了されました。
ラナのそれは、ただの朗読ではなく、まるで演じているかのようでした。
音楽に重なる彼女の祈るような声は、映画的であると同時に告白的で、私は自分の映像作品でも同じようなアプローチをしてみたいと感じました。
そこで、私は映像全編を通じて最小限の音楽とともにナレーションとして語るための、ラブレターのような詩を自ら書きました。
それはラナの朗読のように、静かな陰りと感情のざらつきが残っています。すべてを説明し尽くすのではなく、すべてを心で感じ取れるようになっています。
これが、私の好きな映像表現です。ファッションが華やかさではなく、記憶や存在、感情を映し出すものであるときに、私は心を動かされるのです。

今回の撮影は、自分が写真や映像に興味を持つようになったきっかけを思い出させてくれました。最初にあったのは、絆や記憶、感情を表現したいという思いでした。
Sigma 135mm F1.4 DG | Artはそんな私の意図を実現することを可能にしてくれました。少ない光量の中でもやわらかさを捉え、質感や時間をひとつのフレームに重ね合わせることができたのです。

1本のレンズでストーリーを表現するという探究の機会を与えてくれたこと、また、自分に影響を与えたアーティストにオマージュを捧げる場を提供してくれたSigmaに感謝しています。
愛を込めて
エイラ
Behind the Scenes
ABOUT
エイラ・クーツ|Ara Coutts
ビジュアルアーティスト、ファッション&広告フォトグラファー、
映画監督
トロント在住のファッション&広告写真家。そのアーティストとしてのキャリアは1本のSigmaのレンズとともに始まった。そのレンズはクーツのクリエイティビティの羅針盤となり、彼女を導いた。写真はクーツの新たな表現ツールとなり、言葉を超えて感情やストーリーを伝える手段を与えた。クーツの写真は、ファッション、アイデンティティ、そして美しくも切ない郷愁が融合した独自のスタイルを特徴としている。