荒々しき、伝統の足音
ART
35mm F1.2 DG II
Impression
by 藤代 雄一朗|Yuichiro Fujishiro

大晦日の夜。
雷鳴とともに降りしきる雪の中、地響きのような唸り声を上げながら家の門を叩いて回るナマハゲを、私は追いかけていた。
手には、Sigma 35mm F1.2 DG II | Artを装着したSigma fp Lを携えて。

日本の東北地方、秋田県男鹿半島では「ナマハゲ」という民俗行事が行われる。
年に一度、大晦日の夜、ナマハゲは数十ヶ所の集落で同時に家庭を巡り、怠け者を諭しながら厄災を祓う。
豊作・豊漁・吉事をもたらす来訪神として、数百年前からこの地に受け継がれてきた伝統だ。
今回、私は知人を通じて真山地区のナマハゲを撮影させてもらうことになった。
日が暮れると、公民館に若者たちが集まり始める。
彼らは麻雀卓のある小さな部屋で世間話をした後、時間が来ると藁で作られた「ケデ」という衣装を纏う。
そして、御神酒を振りかけられたナマハゲの面を受け取り、真山神社へ向かう。こうして、各家庭への巡回が始まる。



今回使用したレンズ、Sigma 35mm F1.2 DG II | Artの前身となるSigma 35mm F1.2 DG DN | Artを、私は長年愛用してきた。
35mmという画角は、ドキュメンタリー撮影に最適な画角だと思っている。
その場全体の様子を収める広い画角を持ちながら、しっかり近づけば被写体を際立たせることができる。
特にF1.2のボケは、過度に近づかなくても被写体の存在感を際立たせ、写真や映像の中での印象を強めてくれる。

新しくなったSigma 35mm F1.2 DG II | Artは、前身のレンズと比べて非常に小型軽量化されており、機動力や瞬発力が求められる今回のような撮影に最適だった。
特筆すべきは、F1.2という大口径のおかげで、深夜の暗い道でも照明器具を使わずに撮影できた点だ。
ナマハゲが歩く道を照らすために彼らが持参していた懐中電灯の光だけで、しっかりと被写体を捉えることができた。
私はいつも、なるべく現場の空気をそのまま撮影できることを目指していて、撮影者が現場の状況や雰囲気をあまり変えないようにしたいと思っている。
このF1.2の明るさを持つレンズは、人間の目で見て認識できる明るさをそのまま写し取ることができる。荒々しい被写体を暗い現場でありのまま撮影するには、最適なレンズだった。

どの集落でも、ナマハゲ役を務める若者は年々減少している。
ナマハゲの受け入れを望まない家庭も増え、実際に玄関先での門踏みだけで済ませる家がほとんどだった。
今回ナマハゲに同行してみると、吹雪の中、少ない人数で各家庭を回ることの大変さを痛感した。
最後に訪れた家庭は、ご主人の体調が優れず、お祓いをしたいという理由でナマハゲを受け入れていた年配のご夫婦だった。
それまでの各家庭で盛大にお酒を振る舞われ、少し呂律が回らなくなったナマハゲさんたちを見て、とても嬉しそうにしていたご夫婦の表情が忘れられない。

