インプレッション
Thousands of Lives.
CONTEMPORARY
50–120mm F2.8 DC OS
by 宮下直樹|Naoki Miyashita
山小屋の消灯は早い。
東京での生活を引きずったまま眠れずにいると、 夜の帷を行き交う動物の鳴き声が聞こえてくる。
甲高く静寂を切り裂くようなこの感じは、鹿のそれに違いない。暗闇の中で閉じ続ける瞼の裏に、昼間みた尾瀬の姿がよみがえる。
レンズを向けた先には、 尾瀬ならではの木道や湿原はもちろん、小さな草花や虫たちの姿があった。
小学生の頃から刷り込まれた尾瀬の情景の中では、湿原の広さにも圧倒されたが、そこに息づく多様な生命にも、こころが躍っていたように思う。
その小さなひとつひとつを、限られた足場の上から捉えるのに 片手に収まるほど小さなこのレンズがしっくりきた。
日頃から愛用しているSigmaのAPS-C用レンズに 新たに加わったこの一本は、F2.8通しの50-120mmだ。
手ぶれ補正機構も搭載し、最短撮影距離はワイド側で23cm、重量も使用したキヤノンRFマウントで410gと、つい膨らみがちなザックの中にも忍ばせやすく、もう一本持ち運ぶ余裕さえ生まれた。
どこまでも続く木道を圧縮して切り取ることも、 ふと目に留まった湿原の草花や虫に、手ブレを気にせずそっと寄り添うこともできる。
夕食を準備中のはじめましての小屋番さんを撮る時も、食後の喫茶でテーブルフォトを撮る時も、ほどよい距離感を保ちながら安心して撮影することができた。
標準ズームでは引き寄せきれず、中望遠ズームでは寄りきれない――そんな場面にも、このレンズはすっと馴染んでくれる。
溜め込んでいた理想をすべて詰め込んだようなスペックは、 数値以上に現場で期待に応えてくれた。
残念なことに、鳴き声が湿原を去っても眠気がおとずれる気配はなく、今度は隣の部屋からガサゴソと荷造りの音が聞こえてきた。
山小屋の朝は早い。
燧ヶ岳に登るのだろうか? 夜明けにはまだ少し時間があったが、外に出てみることにした。
カメラを手に身支度を簡単に済ませると、 年季の入った木戸をできるだけ音を立てないようにこじ開けて外へと出る。
尾瀬の8月はすでに肌寒さを感じるほどで、 東京なら暑さを助長するはずの湿度にも今朝は心地よさを覚えた。
朝靄に包まれた湿原は穏やかで、息を吐くごとに呼吸は深くなっていく。 夜露を纏ったままの草花や、足早に山へと向かう色とりどりの登山者が目に入った。
大きさは違えど、尾瀬という下界から切り離された世界では、 それらが等しく感じられるのが不思議でならない。
ほどよいトルク感のズームリングに手をかけ、そのどちらにもピントを合わせながら湿原の中で息を潜めシャッターを切り続ける。
今日もまた、この世界の片隅では小さな命がそれぞれの朝を迎えはじめていた。
BEHIND THE SCENES
撮影協力:弥四郎小屋