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Hello, again.

ART
17-40mm F1.8 DC
Impression

by 宮下直樹|Naoki Miyashita

映像制作者が誰もが一度は手にしたことのあるレンズといえば、2013年に発売したSigma 18-35mm F1.8 DC HSM | Artも間違いなくそのひとつだろう。

まだ駆け出しの頃、F1.8通しという魅惑のスペックに他の誰かと同じようにそれに憧れ、手にした後は手放すことなく、いくつもの映像作品をともに手掛けた。

DCレンズにも関わらず、Artと呼ばれることに恥じない光学性能を備えた孤高の存在ともいえるその一本は、フリーランスという個の存在であっても映像表現の分野で渡り合える、そう鼓舞してくれる自分にとっての支えでもあったように思う。

そしてそれは、10数年の時を経て再び目の前に現れた。
より軽く、より小さく。

ビジュアルアイデンティの刷新にSigma BFのリリースというセンセーショナルな発表の傍で、真新しいそのレンズはこの手に静かに収まった。

広角側は17mmはじまりになり、望遠側は40mmまでとなった。広角の1mmは望遠の5mmと同じくらいに価値があるだろう。それでいて先代から275gも軽量化されたのだから、開発にどれだけの心血を注いだというのだろうか。
このレンズを手にする責任は、けっして軽くはない。

手にその重みを感じつつ、何を撮ろうかとこの10年に思いを巡らせる。

くしくもそれは自分の写真・映像制作者としてのキャリアと重なった。そして、当時愛用していたSigma DP3 Merrillで挑んだ仕事を思い出す。

その際に関わった「トキノハ」がこの3月にあたらしい取り組みをはじめることがわかり、その光景を写すことこそが、このレンズで撮ることにふさわしいと確信した。

それぞれが歩んだこの10年を写真と映像におさめる。
シャッターに指をかけるのが自分である以上、試されるのもまた自分だ。

少しのためらいと不安を胸の高鳴りで上書きしながら、足早に京都へと向かった。

清水焼団地に足を踏み入れるのはひさしぶりになる。
トキノハの入り口で清水大介さんと友恵さんが迎えてくれた。

改装された工房には変わらずに十分な自然光が差し込む。
10年前にここで撮った2人の姿が、目の前の今の2人に重なった。

以前は何本ものレンズやカメラを駆使して撮影した現場も、Sigma 17-40mm F1.8 DC | ArtをマウントしたLEICA SL3とだけで撮り進めることができた。

HLAの恩恵による高速で静粛なAFでの写真撮影はもちろん、並行して映像を撮っていてもブリージングは感じられない。

撮影という行為において、カメラを手に取った時やシャッターに指を掛けた時のフィジカルなフィーリングはもちろんのこと、ブリージングの有無やフォーカスリングのトルク感などにストレスを感じさせないスムースな操作性はとても大切だ。

F1.8通しという特別な眼を備えたこのレンズ、ひとたび被写体と対峙すれば、呼吸を感じさせずに息をひそめ、存在すらかき消すように手に馴染む。カメラのボディ越しに身体がそのまま拡張されるかのような、特別な道具に思えた。

人によっては40mmではもの足りないかもしれないが、個人的にはこれくらいがちょうど良い。特に臨場感を重視するような撮影において、焦点距離で稼ぐ距離と足で稼ぐ距離とでは構図内に映り込むものが変わってくる。その場限りの感情をすくい取り、躍動感を捉えるには自らも歩み寄る覚悟を試される。

清水大介さんの取り組みは、掛け合わせて飛躍することよりも、足し合わせに重きをおいているように感じられる。ひとりひとり仲間が増え、ひとつひとつ場所が広がる。

そうして連なってきた、10年という時の切れ端をこのレンズ越しにたどっていると、それは社員の知恵の総和を是とするSigmaの姿とも重なるように思えてくる。

撮影場所を3月末にオープンする予定の「時の端」に移すと、レストランからは香ばしい匂いが漂ってきた。

「そんなに近づいて大丈夫ですか?」と、背後から声を掛けられる。
覚悟を決め過ぎたのか、存在を消し続けていたはずのレンズも手の中で少し熱を帯びていた。

Behind the Scenes

ABOUT

宮下 直樹|NAOKI MIYASHITA

フォトグラファー / シネマトグラファー

東京と京都を拠点に活動。写真・映像表現の垣根を越え、ドキュメンタリー作品からブランドムービーまで、ジャンルに捉われることなく撮影から編集までを手がける。対象をそのままに受け止め、そこに内在する物語を抽出しながら独自の情景色を交えて視覚化し、そのものの存在意義・価値を再提案することを創作のテーマとしている。